大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)4514号 判決 1973年6月21日
原告 亡田中吉太郎相続財産
右相続財産管財人 北山六郎
右訴訟代理人弁護士 岡本拓
田浦清
右岡本拓訴訟復代理人弁護士 中山俊治
被告 水谷圭蔵
右訴訟代理人弁護士 樫本信雄
浜本恒哉
右樫本信雄訴訟復代理人弁護士 竹内敦男
主文
被告は原告に対し別紙目録記載の家屋について、別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をすること。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一申立
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。」
旨の判決。
第二陳述した事実
一 請求の原因
1 亡田中吉太郎は昭和四三年一〇月二七日死亡し、その相続人のあることが明らかでないため、その相続財産は法人とされ、昭和四三年一一月一四日神戸家庭裁判所によって北山六郎が、その相続財産管理人に選任された。
2 別紙目録記載の家屋(以下、「本件家屋」という)はもと訴外浦野利彦の所有に属していたが、亡田中吉太郎から同訴外人に対する建物収去土地明渡請求訴訟(大阪地方裁判所昭和三五年(ワ)第一七九号事件)において大阪地方裁判所は、昭和三九年三月一七日、同訴外人から亡田中吉太郎に対する昭和三五年三月二二日の本件家屋についての建物買取請求権の行使を理由として、本件家屋は亡田中の所有に帰した旨の判決をし、その判決は控訴審(大阪高等裁判所昭和三九年(ネ)第三九九号事件、昭和四三年六月二五日判決)においてそのまま是認され、昭和四三年七月三〇日確定した。したがって、本件家屋は右買取請求権の行使により亡田中吉太郎の所有に帰したものである。
3 本件家屋については、別紙登記目録記載のとおり被告を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記および抵当権設定登記(以下この両者を合して「本件各登記」ということがある)が存する。
4 しかし、本件各登記の登記原因である代物弁済予約および抵当権設定契約の目的債権(被担保債権)は、被告が訴外浦野利彦に対し、昭和三〇年七月八日貸し付けた金二〇万円の貸金債権であって、その弁済期は昭和三一年六月を初回とし昭和三二年一二月二七日をもって終了する(分割弁済)ところ、右最終弁済期の翌日である昭和三二年一二月二八日から満一〇年を経過した昭和四二年一二月二七日の経過とともに、右目的債権(被担保債権)は時効により消滅したものである。
5 ところで、原告はかかる担保付不動産の第三取得者であるが、かかる担保不動産の第三取得者も、民法一四五条にいう「当事者」にあたる(なお、物上保証人についての最判昭和四二年一二月二七日民集二一巻八号二一一〇頁参照)からと、原告は、その消滅時効を援用する。
6 したがって、本件各登記は、その登記原因を欠くに至ったから、原告は被告に対し本件各登記の抹消登記手続を求める。
二 答弁および抗弁
(答弁)
1 原告主張事実中、1は認める。2は不知、3は認める。4ないし6は争う。
(抗弁)
かりに原告主張のとおりの事実が認められるとしても亡田中吉太郎から浦野利彦に対し原告主張のような建物収去土地明渡請求訴訟が提起されたためその訴訟提起の頃、浦野利彦が被告から、改めて弁護士選任等のための訴訟費用として金五万円を借り受けた際、当該訴訟解決の時に本件借受債権(被担保債権)を支払う旨を約した。
そして、右訴訟は、昭和四三年七月三日当該事件の判決の確定により解決した。
したがって、浦野の被告に対する本件借受債権の弁済期は昭和四三年七月三〇日に到来したものであり、本件目的債権(被担保債権)は弁済期後一〇年を経過していないから、消滅時効は完成していない。
三 抗弁に対する答弁
本件目的債権(被担保債権)の弁済期についての被告主張事実を否認する。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 請求原因事実中1および3の事実については当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によると、請求原因2の事実を認めることができる。
そして、≪証拠省略≫によると、本件家屋の登記簿には、被告が昭和三〇年七月八日訴外浦野に対し金二〇万円を弁済期昭和三〇年一二月三〇日の約で貸し渡し、その債権担保のため本件家屋について本件抵当権を設定し、これを原因として昭和三〇年七月九日抵当権設定登記をした旨(大阪法務局江戸堀出張所受付番号九〇六九号)および、被告が昭和三〇年七月八日訴外浦野との間で代物弁済予約を締結しこれを原因として昭和三〇年七月九日所有権移転請求権保全仮登記をした旨(大阪法務局江戸堀出張所受付番号九〇六八号)記載されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によると被告は昭和三〇年七月八日訴外浦野に対し金二〇万円を貸し渡し、この債権担保のために、本件家屋について本件抵当権を設定するとともに代物弁済予約(いわゆる担保契約としての代物弁済予約)を締結したものと認めるのが相当である。
けだし、前記貸付契約と代物弁済予約とは被告と訴外浦野間で同一日時に成立し、かつその登記受付番号も連続しており、しかも一般に不動産を債権の担保に供するときには、抵当権設定とともに代物弁済(予約)が結ばれることが多いからである。
二 そして、本件貸金債権の最終弁済期が昭和三二年一二月二七日であることは原告の自陳するところである(本件抵当権の被担保債権の弁済期については昭和三〇年一二月三〇日と記載されていることは前記認定のとおりだが、消滅時効の完成の有無の関係では昭和三二年一二月二七日とする日時が原告にとってもっとも不利益であるから、これを原告の自陳する事実とする)から、その期日から満一〇年を経過した昭和四二年一二月二六日の経過とともに、民法一六七条の規定により本件貸金債権(目的債権・被担保債権)は、消滅時効の完成により消滅するといわなければならない。
三 被告は、この点について、本件貸金債権の弁済期は原告主張の訴訟の解決の時とする旨の不確定期限であった旨主張するが、これを窺わせる証拠は何ひとつないから、この主張は肯認しがたい。
四1 そして、原告はかかる担保不動産の第三取得者であることは前記確定した事実から明らかなところ、当裁判所は、かかる抵当不動産の第三取得者も、当該抵当権の被担保債権について民法一四五条にいう「当事者」として消滅時効を採用することができるものと解する。すなわち、消滅時効を援用しうる「当事者」とは当該権利の消滅によって直接利益を受ける者に限られるところ、抵当不動産の第三取得者も、当該抵当権の被担保債権の消滅によって直接の利益を受ける者に該当すると解するのが相当である。すなわち、かかる第三取得者は、抵当債権者(被担保債権の債権者)と直接契約関係の当事者となるものではないが、当該抵当権の被担保債権について単に弁済について法律上の利害関係を有する(民法四七四条二項参照)にとどまらずみずから積極的に滌除の方法により(民法三七八条以下)または抵当権者の請求により代価弁済をすることにより(民法三七七条)(その限度において)消滅し、しいては当該抵当権を消滅することができるなど特別の法律関係に至っており、また、目的物件たる抵当不動産の権利の承継人であって、抵当権が存続しかつ対抗要件を具備している限度において抵当不動産を本来の債務者のためにいわば物的担保に供している者であるから、実質上の物上保証人に近い地位にあり、右被担保債権したがって抵当権の消滅にきわめて強い利害関係を有する。それゆえ、右被担保債権の消滅時効の完成により右抵当不動産の被担保債権したがって抵当権が消滅することについて第三取得者は、直接利益を受けるものと解するのが相当である。
これと異なる見解を示す従前の大審院の裁判所(大審判明治四三年一月二五日民録一六輯二二頁同判昭和一〇年五月二八日新聞三八五三号一二頁、同判昭和一三年一一月一四日新聞四三四九号七頁等)もあるがその後の判例(最高(二小)判昭和四二年一〇月二七日民集二一巻八号二一一〇頁―弱い譲渡担保設定者について同(一小)判昭和四三年九月二六日民集二二巻九号二〇〇二頁―物上保証人について)の趣旨と相違するものがあり、直ちに従うことはできない。
2 そして抵当不動産の第三取得者として当該被担保債権の消滅時効を援用することができる以上、その債権消滅の効果は、これを援用した第三取得者に効力が及ぶのであるから、同一債権を目的としてされた当該不動産についての担保契約としての代物弁済予約について、右債権は消滅したものと解されるのである。
五 以上に述べたところから明らかなとおり、本件各登記の登記原因である代物弁済予約および抵当権設定契約の目的債権(被担保債権)は消滅時効の完成により消滅したというべきであるから本件各登記は登記原因を欠くものというべきであり、被告は、原告に対し本件各登記を抹消すべきである。
よって原告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 奈良次郎)
<以下省略>